盛岡地方裁判所 昭和22年(ワ)44号 判決 1949年2月22日
原告
成瀨富次
被告
旧盛岡地区農地委員会
同
岩手縣農地委員会
同
岩手縣知事
同
國
主文
原告の「被告岩手縣知事は別紙目録一記載の田五筆に付自作農創設特別措置法第五條第五号又は同條第四号に依る買收除外の指定を爲せ」との判決を求める訴は之を却下する。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
請求の趣旨
主文同旨
事実
原告訴訟代理人は、被告岩手縣知事は別紙目録一記載の田五筆に付自作農創設特別措置法第五條第五号又は同條第四号に依る買收除外の指定を爲せ、被告旧盛岡地区農地委員会は別紙目録記載の土地に対する買收計画を取消せ、被告岩手縣農地委員会は右買收計画に対する承認を取消せ、被告岩手縣知事は昭和二十二年六月二十日附買收令書を以て右の土地に付爲した買收処分を取消せとの旨の判決、並予備的に、右買收計画、其の承認、及買收処分取消の申立が理由ない時は、被告國は原告に対し金三十一万四千百円を支拂え、訴訟費用は各被告の連帶負担とすとの判決を求める旨申立て、其の請求の原因として、原告は盛岡市肴町二百十三番地に住所を有し、別紙目録記載の小作地を所有して居た。
被告岩手縣知事は、農地調整法第十七條の二に依り、市町村農地委員会に代え、盛岡市の区域を旧盛岡、厨川、本宮、中野の四地区に区別し各地区農地委員会を設置し、昭和二十一年十二月二日岩手縣告示第五百三号を以て其の地区及名称を公示したのであるが、之が爲原告の住所地と右各小作地とは同じく盛岡に属し乍ら別異の農地委員会地区に属する結果となり右小作地の属する地区農地委員会である被告旧盛岡地区農地委員会は自作農創設特別措置法第四十八條第三條第一項に依り、「農地の所有者が其の住所のある地区農地委員会の設けられてある地区外に於て所有する小作地」として右小作地の買收計画を定め、被告岩手縣農地委員会は右買收計画を承認し、被告岩手縣知事は、原告に対し、右承認ある買收計画に基き、右小作地に付昭和二十二年六月二十日附岩手いつね第五七二四号買收令書を交付し、買收時期を同年三月二十一日、対價を金八千百九十三円四銭と定めて買收した然し乍ら、原告が不在地主とせられるに至つたのは、被告岩手縣知事が右各農地委員会の地区を定めるに際り、從來の行政区画を無視し東京都の一区程度の廣さに過ぎない盛岡市を四分した儘、自作農創設特別措置法施行令第二條に依り、隣接地区を当該地区に準ずることの指定をして機宜の措置に出でなかつた爲であり、斯樣な被告岩手縣知事の右各地区農地委員会設置は、農地調整法第十七條の二第三、四項同法施行令第四十六條自作農創設特別措置法第三條第一項第四十八條同法施行令第四十條等の各解釈適用を誤り、解放農地の面積を地主の損失に於て不当に拡大せんとする違法のものであり、之に基く、被告旧盛岡地区農地委員会の買收計画、被告岩手縣農地委員会の右買收計画に対する承認、及被告岩手縣知事の本件買收処分は、從つて違法のものと謂はなければならず何れも取消さるべきものである。
殊に本件買收に係る小作地の内、別紙目録一記載の田五筆は元來耕地整理の結果換地として、交付を受けたものであつて、右耕地整理は住宅地に供する目的を以て行われ、右小作田は暫らく小作人に利用せしめては居るが、住宅又は工場の敷地として近隣は宅地建物に囲繞せられ、客観的に住宅街を形成し、自作農創設特別措置法第二條第一項に所謂農地に非ず、從つて又同法第三條に依り買收の対象と爲すべき土地に非ず、近く宅地に変換せられ住宅街となる土地即ち同法第五條の解釈に関する昭和二十二年一月六日農政第三一〇七号次官通牒に所謂「已に住宅街の実体を爲し居るか、極近い將來確実に住宅街となる如き事情にあり如何に農民側に立つも其の農地に付て自作農を創設することが非常識な場合」に該当し同年十二月十七日農政第二四六〇号通牒土地区画整理地区に関する同法第五條第四号の指定基準に関する件と併せ考える時は、右小作田五筆は当然同法第五條第五号に依り買收除外の指定をなすべきものであるから、原告は、本訴に於て被告岩手縣知事に対し、其の指定を爲すべきことを命ずる判決を求める。
又若し前敍の買收計画、其の承認、及買收処分取消の申立が其の理由なきものとせられる時は、原告は被告國に対し、予備的に、本件買收に因つて原告が被つた損害の賠償として金三十一万四千百円の支拂を求める、即ち被告國が本件買收の対價として原告に支拂う金額八千百九十三円四銭は、之に原告の受ける報償金を加算しても、原告が本件小作地に付負担した財産税額にも達せず、今右対價を以て買收されるに於ては無償没收と全く異ならず、然るに右小作地は今や坪当りの價格金百五十円を下らず、別紙目録一記載の土地合計二千九十四坪の價格は三十一万四千百円となり、本件買收に因つて原告は少くとも同額の損害を被ることとなる、此損害は故意又は少くとも過失により法令の解釈適用を誤り、被告國の代表者農林大臣が地方長官に対し第二次農地改革に際り、法の運用は嚴格なるべきことを内訓し、自作農創設特別措置法第三條第一項括弧内の隣接市町村区域拡張の指定に関し極度の制限を加え、又他の被告等も之に基き上叙の如く違法な買收計画、其の承認、及買收処分を爲したことに因るものであるから、原告は、被告國に対し、國家賠償法の規定に基き、予備的に右損害の賠償を求めると述べた。(立証省略)
被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、被告岩手縣知事が原告主張の如く盛岡市を四地区に分ち各地区農地委員会を置いたこと、本件小作地の属する被告旧盛岡地区農地委員会が其の主張の如く買收計画を定めたこと、被告岩手縣農地委員会が右買收計画を承認し、被告岩手縣知事が右承認ある買收計画に基き其の主張の如く買收処分をしたことに関する原告主張の事実は之を認めるが本件小作地が、原告主張の樣に近く耕作以外の目的に供せられる土地であること、及本件買收に因つて原告が其の主張の樣な損害を被つたことに関する原告主張の事実は之を爭うと述べた。(立証省略)
理由
被告岩手縣知事が原告主張の如く盛岡市を四地区に分ち、各地区農地委員会を設置し、其の地区名称を公示したこと、本件小作地の属する被告旧盛岡地区農地委員会が、自作農創設特別措置法第四十八條第三條第一項に依り、農地の所有者が其の住所のある地区農地委員会の設けられてある地区外に於て所有する小作地として右小作地の買收計画を定めたこと、被告岩手縣農地委員会が右買收計画を承認し、被告岩手縣知事が右承認ある買收計画に基き、原告に対し、同小作地に付買收時期を昭和二十二年三月三十一日買收対價を金八千百九十三円四銭と定め同年六月二十日岩手いつね第五七二四号買收令書を交付して買收したことは当事者に爭なく、原告の住所地小作地が夫々其の主張の如き盛岡市内にあり、被告岩手縣知事が右各地区農地委員会の地域を定めるに際り、從來の行政区画に依らず盛岡市を四分し、且つ自作農創設特別措置法施行令第二條に依る隣接地区拡張の指定をしなかつたこと、及び其の結果として原告の住所地及び本件各小作地が別異の右農地委員会地区に属するに至つたことは被告等が明に爭わないところであるから、民事訴訟法第百四十條に則り被告等に於て之を自白したものと看做すべきところ、原告は、被告岩手縣知事が右各地区農地委員会設置に際り、東京都の一区程度の廣さに過ぎぬ盛岡市を從來の行政区画に依らず同大字を細分し、各農地委員会の区域を定めたまゝ自作農創設特別措置法施行令第二條に依る隣接地域拡張の指定を爲さず、爲に原告が本件各小作地を所有する不在地主たる結果となり、右地区農地委員会設置は農地調整法第十七條の二第三、四項同法施行令第四十六條自作農創設特別措置法第三條第一項第四十八條同法施行令第四十條等の解釈適用を誤つた違法があると主張するので此点に付考えると、農地調整法第十七條の二は、都道府縣知事特に必要ありと認める時は命令の定めるところにより市町村の区域を二以上の区域に分ち市町村農地委員会に代え各地区に地区農地委員会を置くことが出來る旨を規定し、同法施行令第四十六條は、市町村の区域又は当該区域内の農地面積が著しく大なる市町村其の他特別の事情のある市町村に付ては都道府縣知事は当該区域を二以上の地区に分ち各地区農地委員会を置くことを置くことを得、同知事が右地区農地委員会を設けたときは其の地区及び名称を公示すべき旨を規定し、地区農地委員会設置に関し当該行政廳の守るべき基準を示して居り、右條項に所謂、特に必要ある場合であるか否の認定に付ては、著しく社会通念に反すると思われる場合の外は大幅に行政官廳に委ねられて在るものと解すべく、原告主張の如く、被告岩手縣知事が本件各地区農地委員会を設置するに際り、東京都の区の区域程度の廣さに過ぎぬ盛岡市を從來の行政区画に依ることなく同大字を分割して四地区に分けたとしても、右は其の地方の具体的事情に依つて異なり、東京都の区の場合に比して一樣に之を論ずることを得ず、他に著しく社会通念に反した事実の認め得ない本件に於ては、之を以つて直ちに被告岩手縣知事が右條規に反し特別の事情ある場合とした違法があると判定することは出來ない、又同法第三條第一項同法施行令第二條に依る所謂隣接地区拡張の指定をするか否に付ても右同樣に解すべく、原告主張の如く其の当不当を以て直ちに違法の問題を生じないと解するので、之が違法であるとの前提に立ち、被告旧盛岡地区農地委員会の本件買收計画、之に対する被告岩手縣農地委員会の承認、及び被告岩手縣知事の買收処分の取消を求める原告の請求は其の理由が無く、之を認容することが出來ず、到底棄却を免かれない。又当裁判所は、行政処分の取消変更を求める訴訟に於ては、特別の規定ある場合を除き、被告たる行政廳に対し積極的に何等かの行政行爲を爲すべきことを命ずる判決を求めることは出來ないものと解するので、原告が、本訴に於て被告岩手縣知事に対し、本件小作田に付、自作農創設特別措置法第五條第五号の規定に依り買收除外の指定を爲すべきことを求める申立は、其の理由ありや否に付審及するに先立ち、不適法として之を却下すべく、又原告の、國家賠償法の規定に依り被告國に対し其の主張の如き損害の賠償を求める予備的請求も、被告國の本件買收処分が違法であることを前提とし、其の前提にして前説示の如く其の違法を認められない本件に於ては、此点に関する爾余の爭点に付逐一判断をする迄もなく其の理由がないものとして之を棄却すべきものとする。
以上の理由に依り、当裁判所は、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九條を適用し、主文の通り判決する。
(目録省略)